Calendar

<< 2011/8  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

記事一覧

「民主と愛国」を読む

2011.08.25 (木)

「民主と愛国」とは、小熊英二氏の戦後思想に対する評論集だ。

私が呼吸してきた戦後日本と、戦後思想について、客観的な眼差しを持って見ることができる。そんな本だ。

最近ブログで、30歳代くらいの小劇場演劇人について、批判めいたことを書いたりするが、その批判の核心は、彼らに思想がないことである。

いや、思想がないわけではない。彼らが時代思潮として浴びたであろう、ネオリベラリズムの思想の刻印が、はっきりしている。
(私がブログなりで読ませていただく範囲でのことです。アンテナにかかってないところに、優れた思想を展開する演劇人がいるかもしれません。…いて欲しいものです)

自らに刻印されたネオリベの思想すら、客観的に相対化できない演劇実践。
そのことに、無思想性という言葉を投げつけているのだ。

いま、ネオリベ=グローバリズムと、アンチネオ=アンチグローバリズムが、せめぎ合う時代だ。
自らがネオリベの主張をしていることを気づきもせずに、なんで現代を描けるというのだ。

「民主と愛国」を読むと、私が演劇をつうじて言ってきたことは、1970年代に現れ、1980年代に日本を覆った高度消費社会化でこけた、一連の思想群から生まれていることがわかる。

うら若きころの、未熟な思索と実践だったが、80年代に入って都市の豊かさと快楽の愉悦のなかで、突き詰められることなくコケていった。

だが、いまはフクシマの時代だ。
豊かさの愉悦が、フクシマとつながっていることが、広くはっきりとしてきた。
コケて顧みられなくなっていた70年代以前の思想群が光っている。

いいではないか。
不発に終わった70年代思想と演劇実践が、ここからまた再開されるのかもしれない。

【釜】