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集団的記憶としての戦争

2013.03.14 (木)

ファイル 926-1.jpg

頓田の森ぴーすきゃんどるナイトが、近づいてきた。

1945年3月27日の第一回大刀洗空襲で、集団爆死した31人のこどもを記憶し追悼する、市民のきゃんどるナイトだ。

劇列車がこの事件を劇化してから10年。きゃんどるナイトをはじめてから、6年目となる。

地元の題材を劇にして、『いいことするね』と感心されて終わり。そんな劇の作り方がイヤだったし、観客を『良かったね!感動しました』という安全圏に置いた劇づくりに、とても反発があった。
劇というフィクションは、観客が積極的に作りあげて、観客の日常に切れ目を入れて揺さぶるものでなければいけない。
観客が平和を思考しはじめる、そんな演劇力を持てないでいたから、きゃんどるナイトをはじめたのだ、そういってもあながち間違いではない。演劇的には、私たちが未熟だから、やむにやまれずはじめたのだ。

とはいえ今年は、遺族会の慰霊祭でお経をあげておられるお寺の住職さんがいらっしゃる。路上で歌う高校生のグループも参加する。キャンドル点灯の時には、現場で生き残った方が、亡くなったこどもの名前を読みあげる。
地元の皆さんの努力で、輪が少しずつ広がっている。

戦争体験のない右翼政治家たちが自衛隊の軍隊化を欲し、それを批判する健全なジャーナリズムも機能不全だ。自衛隊の軍隊化を喜び、近隣諸国への憎悪を燃やす右傾化する大衆も目についてきた。

この国は、敗戦と帝国の責任をきちんととってこなかった。戦争の破滅をもたらした指導者たちには、戦後安易に復権し権勢をふるってきた者もいる。
この国は、自らが起こした戦争と厳しく向き合い、そこから戦後の日常を組み立てる作業を怠ってきた。井上ひさし氏が『東京栽培三部作』で描いたとおりだ。

きゃんどるナイト6回目で、この国はきな臭い。今日の国会では『憲法調査会』が発足し、軍備と天皇元首化の相談をはじめる。
中国の怒りと韓国の警戒は、高まりこそすれ、おさまることがない。その真の原因から目をそらさせる極右的な歴史観が、我が世の春を謳歌するように、この国を伸し歩いている。

私たちに出来ることをやろう。やってきたことをタンタンとやろう。近い将来、平和を語ることが白眼視されるくらいに、この社会とこの国が変化するかもしれない。

その予感から目をそらさず、タンタンと準備し、かつて戦争の記憶に耳をすませよう。
そこから、現在と未来を思考しよう。
今年も、頓田の森被爆したシイの