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遺贈とパペットシアターPROJECT

2022.10.06 (木)

段々と日が短くなってきました。もう秋です。

さて、10月2日の日曜日、バペットシアターPROJECTのボランティア研修会を開催しました。
バペットシアターの全体像、10月第1回目の当日の動きなど1時間の研修会。
参加されたT様、ありがとうございました。

さて、この研修会でも説明させていただいただいた本事業の資金について、このブログでも皆様にお伝えしておきたいと思います。

この事業の資金は、今年はちくご川コミュニティ財団様の「子ども若者応援助成」から賄われます。
以前簡単に紹介しましたが、この「子ども若者応援助成」は、ある方の遺贈によって賄われています。

つまり、御自分の御遺産を「困難を抱えた子どものために使って欲しい」との強い願いで遺贈された方の遺贈資金を、私たちは使わせてもらっている。
そういうことです。

しかし、それでは大切な何かが伝わりにくいのも事実です。
私たちが、ちくご川コミュニティ財団様の学習会に参加して学んだ具体的事実は、次のようなことでした。

遺贈された方は末期ガンの痛みと闘いながら、それでも遺贈の手続きを進めるために、痛みを緩和するモルヒネも打たず(意識が朦朧とするからです)、手続きを進められたそうです。
そして、遺贈の手続きが全て終わった数日後、息を引きとられたとのことです。

最初は、世界中の困っている子どもやホームレスの方々のために使って欲しいということで、遺贈を考えられるようになったとか。
そして、ガンと闘いながらそれを具体化していった結果が、「子ども若者応援助成」なのです。

その事実を学習会で学んだ時、私はあの「夜と霧」書いたフランクルを連想しました。
「夜と霧」は、ナチスの強制収容所に囚われたオーストリアの精神科医フランクルの書いたあの本です。

「夜と霧」を書いたフランクルは、強制収容所の体験から、次のようなことを主張するようになります。

人生には「創造価値」「体験価値」「態度価値」があると。

「創造価値」とは、何かを創造する価値のことです。
論文を書く。芸術を創造する。おいしい作物を育てる。人を育てる。人の役にたつ。
それらの価値が創造価値です。

「体験価値」は、文字通りの意味。

しかし強制収容所に入れられたフランクルは、創造価値と体験価値の全てを奪われてしまいます。

しかし、フランクルは言うのです。
創造価値と体験価値が奪われても、私から態度価値を奪うことは誰にも出来なかったと。

態度価値とは、どう振る舞うかという価値のこと。
例えば、ある囚人が別の飢えて衰弱した囚人の横を通る時、このパンを差し出して与えたら自分が衰弱して死ぬ。
そのことがわかっていても、ぞっと自分のパンを衰弱した囚人の横に置いていく。
そのような選択制をする囚人たちが確かにいた。
フランクルはそう言います。
これが振る舞いの価値、態度価値です。

フランクルは、強制収容所の中であっても、人間は日々無数の選択を迫られると言います。
向こうから押し寄せてくる無数の選択との応答関係、それが態度価値です。
これは、何も強制収容所の中だけの話ではありません。
あらゆる人間は、日々向こうから押し寄せる無数の選択をしながら生きている。
フランクルは、そう言います。

話を戻します。

遺贈された方の振る舞い方を聞いた時、私はフランクルのその話を連想したのです。

末期ガンの激痛と闘いながら遺贈の手続きをされた方。
その方は、最後まで御自分の態度価値(押し寄せる痛みの中で自分が何を選ぶかという選択の価値制)を手離さなかった。
そう連想したのです。
見事に生き抜いた方です。
人間は死の瞬間まで、自分の人生の意味を創造することが出来るのです。

私はその方の御名前を知りません。
その方が遺贈者の名前を明かさないようにお願いして亡くなったので、私は知ることが出来ないわけです。

でも、このようにして生まれた資金を活用して、バペットシアターPROJECTが開催されること。
それは、ブログをお読みの皆様に伝えることが出来ます。

さあ、10月になりました。
バペットシアターPROJECT†困難を抱えるこどもへの人形劇観劇支援事業が、いよいよ開催を迎えます。

【釜】






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