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千円のうれしさ

2011.05.17 (火)

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15日日曜日、秋月の着て民祭で、野外上演させていただいた時の話だ。

上演させていただいたのは、「そばと山姥」15分。
全く野外での大道芸的な上演で、無料だ。
見ていただけるだけで、ありがたい。
路傍での上演は、とても鍛えられる。
だから、楽しくてたまらない。

だが今日は、そういうことを言いたいのではない。

上演が終わって、見知らぬ方から「珍しいものを見せていただいたお礼に」と言って、千円札を渡されたことについて書きたい。

いまでこそ、少しはましになったと思うが、私たちは、とても下手であった。上演するごとに、顔をしかめられてきたものだ。
(今だって上手いわけではない)

人を楽しませたいのに、顔をしかめられる。こんな辛いことはなかった。

だから何年も、石にかじりつくようにして、精進してきた。

「ごめんなさい、次はもっと楽しませることができるようにがんばりますから、許してください」と、いつも心の中で謝ってきた。
精進で自分たちを支え、恥ずかしながら上演してきたのだった。
だから、今も精進を欠かさない。

今やっていることは、そんな日々の積み重ねの上にある。

秋月でいただいた一枚の千円札。

私たちのやることに、顔をしかめられてきた日々を振り返ると、万感の思いがこみ上げる。

人から見れば、たった一人の方から、お札一枚いただいただけのこと。

けれども私たちには、とてもありがたい、かけがえのない千円である。

千円札で現されたお気持ちをいただけるくらいには、人様のお役に立てることができるようになったのだから。

さあ、また明日も、元気にがんばろう!!

【釜】






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