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継承する劇

2012.03.22 (木)

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2003年、劇列車は頓田の森事件を継承するため、劇を創った。それから、5000人以上の人々に劇を見ていただいてきた。
今も、演目として上げ続けている。

キャストも何度となく変わった。もはや継続不可能か…と思ったこともある。
それでもやってきて、いま私が、主役のシイの木を演じている。
継承を思い立った人間が、退路を断ってやってきた結果だ。

「ヘタな奴に何ができる」と笑う者は笑え。笑われようがどうであろうが、継承するのだ。事件を。

今から3年前、2009年のことだ。頓田の森で、あの亡くなった子どもたちの魂が訪れたのを見た。
金星より輝くまばゆい玉が、空から降りてきて、地上につく寸前に、ふっと消えた。

それが何であったのかは、わからない。幻覚だったのかもしれない。
けれども、私は「あの子たちがやってきた」と思った。輝く玉が何であったにせよ、それは確かなことなのだ。

だから、困難だからと言ってめげはしない。呼んでいただける方々がいる限りは、継承の劇を絶やさない。

諸般の事情で、この継承劇も、今までの最低人数の二人で公演できるように、創り変えなくてはならなくなってきた。
二人できるならば、二人用を創る。

年々、戦争の記憶が遠のくにつれて、呼ばれることの減ってきた継承劇だ。
呼ばれることが絶えてしまうまでは、続けていこう。呼びかけていただける声を待って、いつでも上演できる態勢を保持し続ける。
それが私の継承なのだ、と思い定めている。

さて、この心の構えを保って10年経つと、いくら感度の鈍い私でも、アフガニスタンの子供の声が聞こえてくるようになってきた。
パレスチナの子供の眼差しにも、ちゃんと正面から向きあえるようになってきた。

なぜか…。それは、頓田の森で命落とした子どもたちの悲劇と、アフガニスタンでパレスチナで地球上のどこかで、同じように命を落としている子供の悲劇は、悲劇の諸相は違っても本質が同じだからだ。

私にとって継承劇は、私を世界に向かって拓くものだったのだ、と思う。

そして…、きっとこれからも、そうなのだ。
【釜】






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