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想像力が平和を守る

2015.08.10 (月)

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昨日は長崎原爆忌。

行ってみました。8月9日の長崎に。
平和祈念式典に総理が来るせいか、長崎が近づくにつれて、厳重な警備体制にびっくり。

着いてみると、爆心地公園はたくさんの人だかり。

様々なグループが思い思いに集っていて、なんとまあ賑やかなこと。

11時2分。市内に響くサイレンとともに、何百人もいる爆心地公園でも、自然な黙祷が…。

あぁ、70年前のちょうどいま。この上空で原子爆弾が炸裂したのだな。一瞬の間に街が地獄と化したのだな。
そんな思いに囚われました。

まるで時間が脱臼し、過去と現在がつながったかのよう。

さてこんな時間の脱臼は、私たちの頓田の森ぴーすきゃんどるナイトでも、いつも感じることです。

あぁ、この日にあの悲劇が起きたのだな…と。過去と現在がくっついて現れるのです。言いかえるならば、現在の風景に過去が二重写しになったかのように現れてくる。
遠い時間を隔てた過去と現在の接続。

これは、その場にいる人間の想像力の産物でしょう。
そんな想像力によって、人は過去に不条理に命を奪われた人々と、心の中で対話できるのです。
それが過去との対話。

すべては、想像力という、優れて人間的な営みから生まれてくるもの。
そんな想像力の駆使が、「語りつぐ」営みの土台にあるのだと思います。

八月は敗戦の月。
悲惨で未曽有の悲劇を生んだ戦争が、やっと終わった月。
一年に一度、私たちの想像力を駆使して、時間を脱臼させて過去と対話することは、マンネリでもなんでもなく、優れて人間的営みだと思います。

写真は、爆心地で開かれていた市民の集い。
集いの終わりは、爆心地の慰霊碑を囲んだ人間の鎖。
ちゃっかり参加してきました。

【釜】