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どんぐりと山猫はどんな物語か?

2021.02.08 (月)

2月になりました。冬の星座オリオン座の南中時刻もずいぶんと早くなりました。梅も開花し、菜の花も花ひらくようになりました。

さて、新作「どんぐりと山猫」も少しずつ輪郭を表しはじめました。人形の身体行動の明確化や、登場人物たちの行動論理、感情の肉付けが始まりました。そして視角表現の輪郭の明確化。
以上の事柄の様々な試行錯誤。

そして思うのですが、やはり人形劇(演劇)も芸術一般も哲学なのですね。哲学では、自らの生活や感情や思考を、普段とは違った角度からとらえてみることで、「信じて疑わないあたりまえの常識」をいったん相対化してみます。それが哲学的思考なのです。
言いかえれば、自己をがんじがらめにしている社会的網の目を、いったんほどき、結び直す行為であるといってよいものです。

もちろん芸術は狭義の哲学ではありませんが、広義の意味で哲学行為であるといえるのです。
また哲学的思考の表現は、論文に限らす音楽や演劇や絵画としても表現されます。

例えば、民俗芸能である「神楽」も、自然界へのアニミズム的感受性と自然界との折り合いのつけかた(いいかえると世界観)を土台にした民衆芸能です。

「神楽」は村落共同体を基盤として、村落共同体が共有する世界観を舞っているのです。
つまり、神楽とは、村落共同体が共有する世界観の表現であるわけです。
神楽の機能は、村落共同体の結び直しにあるのでしょうが、神楽の本質は、共有された世界観の集団的表現にあるのだと思えます。

(ここで言っている世界観は、世界の意味付ける見方のことです。論理化されていない情意的なものも含みます。哲学には世界観が伴いますので、ここでは哲学と世界観をほぼ同じ意味と了解して、話しをすすめます。もちろん哲学の守備範囲は、世界観の認識が土台となって、様々なテーマに分岐していっているわけですが…。)

「どんぐりと山猫」は、宮沢賢治の哲学の文学的表現作品です。
この作品が納められている童話集「注文の多い料理店」全体が、彼の世界観の文学的表現集であるといってよいと考えます。
そうすると、あの有名な序文の意味も鮮明にみえてきます。

「けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。」

ほんとうのたべものとは、法華経と科学と社会的実践を土台とした彼の世界観(哲学)そのものを指しているのでしょう。
もちろん文学的味わいを指す言葉でありましょうが、賢治という人物の文学に向き合う姿勢を考えると、文学的意匠のみが「ほんとうのたべもの」であるなどと考えていたとは、とうてい思えないのです。

そう考えると、賢治自らが書いた「注文の多い料理店新刊案内」広告文の意味も、新たな視角から新たな顔を見せてきます。

広告文は以下の通りです。

童話「どんぐりと山猫」は「必ず比較されなければならないいまの学童たちの内奥からの反響です。」

童話「注文の多い料理店」は「糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣な階級に対するやむにやまれない反感です。」

このような作者本人文章で広告された内容は、それぞれの童話本文のなかには見当たりません。(あくまで字面を読めばという範囲での話しですが。)

そもそも「注文の多い料理店」に、村のこどもらは登場しません。
「どんぐりと山猫」に、直接一郎くんの心の内面が描かれているわけでもありません。

しかし、明らかに賢治の作品創造の動機は、広告文に書かれたところにはあり、彼の内部にある世界観(哲学)から生まれた表現衝動にあったと思われます。

では「どんぐりと山猫」から読みとれる彼の哲学とは、どんなものなのでしょうか。

そのとっかかりとして、上述の広告文に書かれた「必ず比較されなければならないいまの学童」という文章を使ってみたいと思います。

まず「比較される」と書いてありますが、比較するには、比較のための物指しがあってはじめて成り立ちます。
比較する際に、物指しは必須なアイテムなのです。

私たちが慣れ親しんだ比較の物指しは、数字による比較でしょうか。偏差値、合格率、生産性、GDPなどなど…。

「どんぐりと山猫」では、「まるでなってないのが一番えらい」という言葉で、それをひっくり返されてしまいます。

とするならば、主人公一郎が提示したこのナンセンスな物指しが、比較の物指しとして優れている、と賢治は言いたいのでしょうか?

そうは思えないのです。この物語は、ナンセンスな物指しを提示した一郎くんに、それから「(誘いの)はがきは、もうきませんでした。」
と物語は締めくくられるのです。
到底、賢治がこのナンセンスな物指しに同調していたとは思えません。

とするならば、「どんぐりと山猫」は、よく言われがちな「まるでなってないのが一番えらい」という「でくのぼう讃歌」ではないのです。

(彼の晩年の詩的メモ「雨ニモ負ケズ」には、確かに倫理としてのでくのぼう志向が強く見られます。ですが「どんぐりと山猫」に、潜在的にでくのぼう志向があったとしても、それが作品の主題となっているとは思えません。
そもそも「注文の多い料理店」童話集は、イーハトーブ年代記なのです。年代記として、賢治の世界観が表現されています。そこに、ぽかの掲載作品群の主題と異質な「でくのぼう讃歌」の作品を、童話集に入れるとは思えない。それも童話集の冒頭作品として。)

また「どんぐりと山猫」が、でくのぼう讃歌ならば、「やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、一郎はどきどき思うのです。」と、一郎くんが後悔するはずもないのです。
しかもこの文章は、童話のいよいよ最後の結語です。

さて、「どんぐりと山猫」読者に内在するであろう通俗観念は、主人公一郎くんにナンセンスな「まるでなってないのがえらい」という物指しでひっくり返されます。
そして作者賢治自身の手によって、一郎くんの提示した物指しも、物語の最後にひっくり返されるのです。

では、何が一番なのでしょうか?賢治はどんな物指しで一番を決めればよいと言っているのでしょうか?

いえいえ。「何が一番よいのか」と考えること自体が、物語ては否定されているのでしょう。
山猫裁判長は「裁判も三日目だぞ。いい加減に仲直りしたらどうだ。」とばかり繰り返すのです。山猫は、ひたすら「仲直り」をけしかけます。

裁判長自らが、「どんぐりの一番を決める裁判」に、物指しを示さないのですから、これでは裁判が混乱するのもあたりまえです。ここがポイントです。山猫には一番を決める物指しをもつ発想がないのです。

さて、一番に価値があるという価値観は、どこから生まれたのでしょうか。少なくともその価値観が広範囲な人々をとらえるほど、魔力をもったのは、いつからなのでしょうか。

日本史を振り返るならば、歴史は明治期に「学校」が生み出したものだということを教えてくれます。
つまり、明治=近代=学校の等式が、「一番がよい」という価値観を生み出したものの正体でしょう。
(哲学者鶴見俊介氏は、「学校」が生み出し、日本社会に根付いた明治から続く「一番がよい」という「一番病価値観」を繰り返し批判してきました)。


とするならば「どんぐりと山猫」は、一番を生み出す物指しを、逆の価値観でひっくり返し、さらにその逆の価値観もひっくり返してしまう物語なのです。
「近代」をでんぐり返してみるまで至るかもしれない、広く深い射程をもった物語なのだと思うのです。

では、問いを重ねてみます。
なぜでんぐり返してみないといけないのでしょうか?その動機と理由は?

そこに「内奥からの反響」があるからです。比較される人間の心の奥底で反響する何か。
木霊のような微かな反響。
どこか妙に気になる、懐かしくも手が届かない反響。

読者に、この反響(木霊)に耳を澄してもらうこと。
このイーハトーブ裁判騒動物語を読んで、心に細やかに広がる微かな反響に、耳を澄ましてもらうこと。
それが「どんぐりと山猫」が書かれた動機と理由だと思うのです。

では賢治は、読者になぜ耳を澄ましてもらいたいたのでしょうか?

それは、彼にはその反響が聞こえているからです。
「私に聞こえる反響を、他者にも聞いてほしい。もしかしたら、価値あることかもしれないから。」ということだったのでしょう。

彼は「注文の多い料理店」序文に、このようにも書いています。

「これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。」

賢治は、林や野原や、虹や月あかりから、たしかに聞いていたのです。
もちろん、それが聞こえてくるためには、資質、知識、感受性というものが必要でしょうが…。

さて、「どんぐりと山猫」という童話文学に流れる世界観(哲学)を、あぶり出してみました。
原作を脚色するには、原作の本質をつかむことだと言われますが、私は「どんぐりの山猫」の本質を、このようにつかんでみています。

稽古とは集団作業です。創造に携わる集団では、まずはこのようなことが議論されなければならないと思えます。
「議論による共有」。ここから稽古がはじまります。

稽古とは、台詞を覚えて動きをつけることではありません。
稽古とは、議論と集団思考作業が土台となっていなくてはなりません。これは飾りものではなく、真剣勝負の作業です。
真剣勝負にならないと、この作業は意味をなさないのです。

そのうえで、行動の論理や感情の流れを追っていくのです。そして、行動や感情を、モノである人形の動きに変換していくのです。
そのために表現の仮説をたて、何度も実験が繰り返し試されます。
議論と共有という土台にも、何度もたち戻ります。
一方で、舞台装置や人形美術、衣装、音とあかり、そんな作業も進みます。一日一日が大切に使われないと、先に進めません。

そうして、じょじょに人形劇としての「どんぐりと山猫」が姿を現してくるのです。

【釜】