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戦後民衆サークル運動の息吹き

2009.05.26 (火)

最近、社会の奥深くで地殻変動が起きてきているのを感じます。

大型書店に行くと、地殻変動をとらえようとする社会学の本が刺激的でおもしろい。

また、古臭いと捨てられてきたもののリバイバルが、現代の文脈にそってなされはじめているようです。

「蟹工船」ブームはその典型でしょうが、谷川雁の九州サークル村や、1950年代の民衆サークル運動の現代的検証が出版されはじめています。

現代日本の行き詰まりを、「もう一つの戦後日本」の夢を織りなした民衆サークル運動の軌跡との対話から、考えようとしているのだと理解できます。

「ありえたかもしれないもうひとつ」を、オリタナティブという文脈でみていこうとしているのだと思います。

さて、博多の紀伊国屋で買った「戦後民衆精神史」がおもしろい。
1950年代に、京浜工業地帯に生まれた民衆文化運動の軌跡検証をしています。

引用すれば「仕事〈註…労働〉から奪い取った時間で、寝たり遊んだりしない。自主的にちがう訓練〈フーコーのいうディシプリン〉を身につけて、サクサクと違う次元の身振りによって世界を描き出して」いったアートに目覚めた民衆の軌跡。

日本国家やアメリカのメインストリートとはならなかった「違う戦後」の可能性をめざして、アートの技を身につけるべく、眠ったり遊んだりする時間を、自己訓練に費やした民衆たち。

「もうひとつの違う未来」を求める心の渇きや怒り、悲しみを表現することで、社会的連帯を作り出し、現実のむごく矛盾に満ちて、人々の願いを押しつぶしてくる世界と対峙した民衆たち。

50年代のこの軌跡の記録と対話すると、そこから〈いま〉の文化運動も考えられるというもの。

この文脈で語れば、劇列車を、1950年代民衆文化運動を現代的文脈で再生しようとしている試み、と読みとることも可能でしょうか?

【釜】