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民話継承の社会的文脈

2013.05.22 (水)

民話とは民衆による口承文芸だ。
私は朝倉市の2DK市営住宅で、母から大分県三重町の民話を聞かされて育った。(この民話経験自体、高度経済成長期の特徴的体験であっただろう。口承文芸としてまだ生きていた民話を、それも大分の民話を2DK市営住宅で聞いていたのだから。)

そして民話との自覚的出会いは、20歳の時だった。柳田国男の『遠野物語』を読んだのだ。衝撃的な出会いだった。

まず、民話が民俗学の研究対象となり、日本人の原像である『常民』の心性を探るサンプルとなっていること。そして民話のもつ集団的想像力の文学性の高さにも、目を見晴らされた。

私たちはどこから来たのか。そもそもヤポネシアに住んできた多様な民衆は、どんな精神世界を生きてきたのか。民主主義社会を生きる市民として、どんな民話を継承し、どんな民話の命を断たないといけないのか。
民話は、私たち民衆文化の、全うに向き合うべき一つの歴史的結晶であった。

こんな視点は、いつの間にか本当に語られることが少なくなった。戦後民主主義がこの国の民衆の進路を示す輝きを失っていったことと、どこかで関係しているようにも思う。
そしていつの間にか、民話が取り上げられる社会的文脈は、『ふるさと自慢の郷土愛育成』のためであることが多くなった。
そのことを否定はしない。コミュニティーの崩壊が叫ばれる中、人工的行政コミュニティーである市町村を単位とした擬制ふるさとを愛することも、大切なことかもしれない。
ただ二つ批判的にもの申したい。
民話は玉石混交であり、鑑識眼をもって臨まないと、民話の持つ豊穣な力に接近していけない。また民話をふるさと自慢のための化石と理解すると、いまも生成されつつある口承文芸、現代の民話を見落としてしまう。
(地縁コミュニティーの解体は民話生成を困難にしてはいるけれども…)

さて、民話を題材に演劇を造る私たちは、様々な誤解と無理解にぶつかることが多い。
それは民話を継承する社会的文脈の多数派が、現在圧倒的に『ふるさと自慢の郷土愛育成』にあり、私が民話と出会い問題意識を持った社会的文脈は、それこそ圧倒的少数派になっているからだろう。そう考える。ふるさと自慢の観点でみると、私たちの創造は何をしているのかわからないはずだ。

だが、私たちはどこからきたのか問わずにいられた軽薄な時代は、もうハッキリと終わったのではないだろうか。
私たちはどこに行くのか、五里霧中の時代に突入している。そこにふく風は毒々しく悪意に満ちている。
私たちが捨てきた民衆文化のかけらを、化石のごとく大切にして『ふるさと自慢』をしていればよいわけがない。
捨てられてきた民衆文化に、全うに向き合い、これから消費とは別次元の民衆文化を創造していくことが必要な時代なのだ。
私たちが人間らしく生きていくために。
そのための文化の担い手は、気取った芸術家であってはならない。額に汗して働く民衆でなければいけない。
作られる文化は、働く民衆を解放する精神的生産物でなければいけない。

民話からの劇づくりに、私はそんな気持ちを込めている。
働く民衆の一人として、眠いをこすりつつ自作面を削る。自作の脚本を書く。ストレッチをする。走る。台詞を覚える。人間らしく生きていくために。
そんな生真面目さを笑うことが格好良かった時代も終わった。
流行らないことを愚直に努力する愚か者を笑う者は、過去となりつつある享楽的な消費社会を生きる者である。
けれども、道は遠い。

【釜】