記事一覧

『水俣な人』を読む。

2013.06.04 (火)

水俣とは、もちろんミナマタだ。この本は新刊。水俣病患者さんたちの支援者だった作者が、同じ支援者だった仲間の今を確かめるため、全国行脚をして、したためた本だ。

皆さん、よい年の取り方をしている。若い頃、水俣に足を踏み入れた体験を大切に抱えて、人生を歩まれた名もない市民たち。なぜか読みながら、涙が出て仕方なかった。

私も1980年代の前半、支援者の末端を汚した端くれだった。ミナマタに足を踏み入れていた知人の紹介で、患者支援者のつくる無農薬甘夏みかんの産直運動に協力していたし、水俣の産直農家に泊めていただいて、不覚ながら焼酎を前後不覚になるまで痛飲した。若さにまかせた恥ずかしい体験だった。

しかしミナマタは、当時の未熟な私には重かった。世の中がバブルに向かう中、いやらしくも都市型小市民生活に埋没していった。あれほど嫌っていた都市型消費生活に飲み込まれていった。

劇列車を始めて5年がたった頃、劇団研修でミナマタを訪れた。約25年ぶりくらいのミナマタ再訪だった。不思議なことに、若い時あんなに重かったミナマタに、自然体で再会できた。構えて行けなかった相思社にも行けた。乙女塚にも行けた。
私が人生の年輪を重ねたことも一因だろう。だがそれだけではない。劇列車運動という、ほとんど世間的には理解されない活動に取り組んで、やってなければ味わうことめなかった辛酸をなめてきたから、自然体でミナマタに向き合えたのだと思う。劇列車運動は、辛酸の体験であり、だからこそ楽しく、もう一つの幸せを遥かかなたに見ることができる幸せな体験だった。今も、もちろんそうなのだ。劇列車を通じて未来を見つめる眼差しは、どこかでミナマタと支援者たちに交差していることを実感している。

支援者の端くれのそのまた外周にいたような人間だが、やっとミナマタ支援者たちの生き様に、不覚に涙してしまうくらいには共感できる、少しくらいは真っ当な人間になってきた気がする。

『水俣な人』、労作である。ステキな本に出会えて良かった。

【釜】