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トークイベント、ジェンダーと多様性

2022.06.12 (日)

梅雨の晴れ間の紫陽花があでやかですね。

さて、昨日は久留米シティプラザ主催のトークイベント「劇場で考える~ジェンダー・多様性」に参加してみました。

このような他団体(劇場ふくむ)の主催イベントに参加した時、ブログに感想をあげることは滅多にしないのですが、このトークイベントには感想を書いておきたいと思い、あえて取り上げてみます。
扱っている社会的テーマ「ジェンダー」も、鋭く公共性の磁場にあるものです。
取り上げる意味はある。そう思います。

さて、このトークイベントは「新しい演劇鑑賞教室」の一環として開催されたプレイベントであるそうです。

演劇鑑賞は「学びの行為である」という主催者の認識には、両手をあげて賛成するものです。

プレイベントから作品鑑賞と事後対話までを一連の流れと考えて、演劇鑑賞教室の一つの実践事例として構築しようとする試みは、意欲的な試みであり、大いに賛同するものです。
このような演劇鑑賞教室が今後広がることを期待します。

昨日のゲストの話でも指摘してあったように、舞台上で自己とはちがった論理で行動する登場人物たち(つまりは、自己とちがった他者たち)から、様々な気づきと発見を得ていくことは、とても大切なことです。

だから演劇鑑賞行為は、学びの場になるのですし、劇場は教育機関であり得るのです。

つまり、劇場とは「自立した市民」としての自己形成の場。
全く異論はありません。

一方で、このトークイベントには、あるモヤモヤ感を残されたことも事実です。
それは私個人が感じたことですから、参加された皆さんと共有できるものではありませんが…。

感じたモヤモヤ感の正体はなんなのか?
少し考えてみたいと思います。

ジェンダー問題は、フェミニズム思想が暴き出した「見えない問題」であります。
見えないがゆえに、言語化しにくい。言語化しにくいゆえに、自覚されにくい。
そんな問題群がジェンダー問題でありましょう。

けれども、この問題群はは確実に「生きがたさ」や「生きる困難」と結びついています。
この問題群の中で苦しんでいる人々が多くいます。
だからこそ、切実な問題群であるのです。

まだフェミニズムという言葉すらなかった時代。

ウーマンリブの担い手たちもそうであったでしょうし、更に遡るならば、筑豊でサークル村運動を担った森崎和江も、そうであったでしょう。

フェミニズムという言葉は使っていなくとも、彼女たちは、自己の生きがたさを生む社会的な問題と格闘してきた存在であります。

ウーマンリブの担い手たちも、森崎和江も、自己の生きがたさを抱え、その原因を必死に考察し、言語化し、運動を展開していったのでした。
いわば、彼女たちに対してある見方をすれば、彼女たちはフェミニズムの先駆者たちであったと言っていい。

さて、フェミニズムの原点は、人間解放にあります。
ですからフェミニズムは、生きがたさや生きる困難からの解放思想であるのです。

そこには、社会の片隅に追いやられ、自己を語る言葉を持ち得ず、見えなくされている人々(不可視の人々)への共感と連帯があるはずです。

フェミニズムは、男性と女性が対等になることだけではない。
(もちろんこれを軽視しているわけではありませんし、軽視できるものでもありません)。

どんな人間であっても、見えない壁に阻まれて潜在的可能性を奪われてはならない。
そんな原点をもった思想がフェミニズムであり、言葉を持たず見えなくされた人々に立脚した運動が、フェミニズム運動なのです。

とするならば、昨日のトークイベントは、このような抑圧された人々への連帯の眼差しを持って、具体的な対応がなされていたのでしょうか?
そこに疑問を感じたのでした。
これはないものねだりでしょうか?
そんなことがモヤモヤ感の正体だったと思います。

おカネも社会的権威も権力も持たない人々に対して、抑圧はもっとも苛烈に牙歯を剥きだします。

ですからフェミニズム思想をもっとも必要とする人々に、自己を解放に導く強力な武器を提供しなくてはなりません。
劇場の公共的使命を考えるならば、ここは抜かせない構えであると思います。
これこそもっとも大切なことだと思われるのです。

劇場に来ない人々こそ、近い未来の顧客です。
来ない人々は「関心ない人々」ではないのです。
特に、鋭く公共性の磁場を帯びた問題を取り上げる際は、その構えが必要だと思うのです。

これは皮肉な言い方になって申し訳ないのですが、相対的にゆとりのある(と思われる)「意識高い系」の人々にもフェミニズム思想は必要でしょうが、もっと切実にそれを必要とする人々がまだいる。

そんな人々は、往々にして「自分が必要としている」とは自覚していません。
フェミニズムの「フ」すら知らないこともよくあります。

ですから、彼女たち(彼ら)を劇場に足を運んでもらうのは、極めて困難なことであるでしょう。
しかし劇場という場は、そんな困難な事業を実践していく社会的使命を背負った場なのです。

私たちは、様々な困難を抱えた子どもへの人形劇観劇支援事業を、事業の中核と位置づけて歩んできています。
だからこそ、今回のトークイベントは、ダルマを作って目玉を描いていない企画に思えてしまいます。
目玉とは、届けるべき当事者という存在の自覚です。

私たちのような零細NPOであっても、ささやかな有効性ある実践を積み上げることは出来ますし、事実積み上げてきました。

とするならば、久留米シティプラザのような地域の中核的公共劇場ができないはずはありません。

社会的信頼度においても、人的ネットワークにしても、使えるおカネでも、私たちとは格段にちがっているはずです。
弱者への眼差しから事業を構築し、その眼差しから事業を振り返って欲しいと願うものです。

ユースプログラムだから趣旨がちがう、ではありません。
弱者への眼差しと、劇場への参入障壁(ハビトゥス)への配慮は、どんな事業にあっても必要です。

最初に申しました通り「新しい演劇鑑賞教室」の発想と思考には、全面的に賛成するものです。ここで書いた感想は、いちゃもんをつけたくて書いたのではありません。

せっかくの意欲的取り組みです。それがある部分において惜しいことになっている。
そこを書いておきたいと思ったのでした。

この新しい演劇鑑賞教室が、充実した意欲的展開になることを祈っています。

【釜】






チケット販売終了~「どんぐりと山猫というはなし」+対話のひろば

2022.06.06 (月)

6/1より販売開始しておりました、おやこ人形劇場『どんぐりと山猫というはなし』+対話のひろばのチケットが、13時の回・15時の回ともに満席のため販売終了させていただきました。

今回で3度目となる「どんぐりと山猫というはなし」の上演。
予想と異なり、販売開始直後から多くのお申し込みをいただき、あっという間に満席となってしまいました。
嬉しい反面、観劇を希望されるみなさまにお断りをしなくてはならないことを申し訳なく思います。

6/26(日)以降に、キャンセル発生分のチケットを再販売する予定です。
お申し込みができなかったみなさま、恐れ入りますが、6/26(日)以降に、もう一度ホームページをのぞいていただけますと幸いです。

【尚】






NPO劇列車、通常総会終了

2022.05.30 (月)

昨日は、NPO法人としての劇列車の総会。
1時から5時半まで、途中休憩をはさみながらもじっくりたっぷり多様で濃い内容を話し合った4時間半でした。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。お疲れ様でした。

総会では、事業体として発展させるための組織上の課題が洗い出されました。
これからさまざまな事業が本格的に動きだします。

まずは6月26日、コアサポーター会員の皆様を対象とした『ボランティア包括研修会』。
これまで一つの事業毎に打ち合わせをおこなってきましたが、事業体を俯瞰的に見てもらう機会がありませんでした。
そこで、今年度よりボランティア包括研修会を計画したところです。
「NPOとはなにか?」からはじまり、「ボランティアとは?」「事務局とボランティアの意見交換」など2時間程度の研修内容を予定しております。
コアサポーター会員のみなさま、ご参加お待ちしております。

また、8月には組織内研究会『演劇と教育研究委員会』を立ち上げる予定です。
学校教育と生涯教育の垣根をとりはらい、演劇と教育について持続的に対話することを目的とした研究会です。
実践報告や指導案について対話したり、雑誌記事などを使って対話したり…2か月に1回程度集まって、対話を通じて見識を深める会にしたいなぁと思っています。
会員のみなさまはもちろん、関心のある方はどなたでもご参加いただけます。
『演劇と教育研究委員会』について関心がある、ちょっと参加してみたいかも、と思われたみなさま、どうぞお気軽にお問い合わせください。
問合せは、劇列車メールアドレスinfo@dramatrain.jpまで。

【尚】






日本ウニマ総会(in香川)に参加

2022.05.24 (火)

短い春が過ぎて、あっという間に夏がやってきました。久留米では連日真夏日を記録しています。

さて、先週末20~22日にかけて、日本ウニマの総会が香川県で開催されました。
日本ウニマは、人形劇芸術の発展に貢献する世界中の人々を結びつける非正規組織 (NGO)である『国際人形劇連盟(ウニマ)』の日本センターです。(ウニマのホームページは下記)
https://unima-japan.wixsite.com/website

私たち劇列車は、21日(土)と22日(日)に参加。たくさんの学びを得た2日間でした。
コロナ禍に見舞われ、3年ぶりに対面での総会が実施できたとのこと、実施に至るまでのご苦労をお察し申し上げるとともに、運営を担われた皆様のご尽力に感謝申し上げます。

総会で特に興味深く拝聴させていただいたのは、21日(土)に開催されたトークセッション「地域と人形劇」。
香川県東かがわ市の『とらまるパペットランド』、長野県飯田市の『いいだ人形劇フェスタ』、兵庫県神戸市の『神戸文化ホール』の事例から、地域の中で活用される人形劇の社会的価値について話され、とても興味深く拝聴させていただきました。

『人形劇』というキーワードは、『子どもにふさわしい文化』という概念として、すでに当たり前のように社会に認知されています。
それを核として、“わが子”から“地域の子どもたちへ”そして“広く子どもたちへ”という大人同士のつながりが生まれていく。

そのようなお話を伺いながら、『人形劇で“ひとづくり”』という言葉の意味を改めてかみしめ、自分たちの活動を見つめなおし、さらに深める機会となりました。

2年前の春、パンデミックによって国内外が大混乱していたころ、ほぼすべての人々が外出制限を余儀なくされていました。
同時期、アメリカの世論調査会社が調査のために電話を掛けると、いつもは断られる若年層・中年層の方々から『電話してくれてありがとう』と深い感謝をされ、1件1件の電話時間が長くなる現象が起きたそうです。
このことからも、誰もが、人とつながりたい欲求を当たり前にもっていることがうかがえます。

あれから2年が経過し、コロナへの対応・対策、人との身体的距離感など、ずいぶんと慣れてきました。
この“慣れ”とは恐ろしいものです。孤立していることにも気づかずに“慣れ”てしまうのですから。

日本ウニマ総会で感じたこと、学んだことを糧に、この地域での改題解決により一層励みたい気持ちがあふれています。
まずは、今週末に私たち劇列車の総会が開催されます。参加の皆様と共に、有意義な議論を交わしたいと思っております。
ご参加のみなさま、どうぞよろしくお願い申し上げます。

【尚】






対話のひろばを!

2022.05.09 (月)

ゴールデンウィークも終わりました。野アザミが真っ盛り。初夏が訪れたようです。

5月3日は憲法記念日。今年はロシアウクライナ戦争の影響から、改憲論や勇ましい発言のオンパレード。
ニュースも、まるで大本営発表とみまちがうような一方的なものが多い…。
なんだかヘン!
内心、違和感とザワザワするような不安が高まるばかりです。

さて、2023年3月初演予定の新作人形演劇「貧乏神と福の神~二つの物語とまだ見ぬ物語」の脚本第一次稿があがりました。

ここから大幅な書き直しがないといいけどなぁ…。

この新作脚本は、「思考する人形劇」(観客の皆さんとともに考える)の第二段になります。
「思考する人形劇」と言ってもなんのことだかわかないと思われますが…。
「楽しみ」であるとともに、「娯楽以上のナニモノか」である表現。
そう考えていただければ幸いです。

私たちは、いまを必死に生きている人々と共に歩みたいと思ってきましたし、そのための実践にも踏み出してきました。
そんな試行錯誤から生まれたテーゼ(創造方針)が、「思考する人形劇」というものなのです。

7月17日日曜日には、「思考する人形劇」第一段である作品「どんぐりと山猫というはなし」を演目にして、夏の「おやこ人形劇場」という手打ち公演を開催します。
(久留米の石橋文化会館小ホールにて)。

これは久留米エリアでの本作品手打ち公演としては、なんと!3回目になります。
狭い久留米エリアで、同じ作品を3回目の手打ち公演にかける???

無謀ですよね。

この「どんぐりと山猫というはなし」は、コロナ禍の中でも、手打ち公演にて約350名の市民やおやこの方々に見ていただいてきた作品です。
ですから3回目の上演となると、やはり集客に不安を感じます。

ですが、あえて3回目の上演に臨むのはなぜなのか?

それは私たちが、終演後に観客の皆さんの「対話のひろば」を創りたいと思ったからです。

「どんぐりと山猫というはなし」は、見終わると観客の方々(大人も子どもも)が、アレコレ話しをたくなる作品のようなのです。
私たちは、春の巡回公演を含んで6回連続公演を今年3月に経験しました。
そこで得た感触なのですが、観客の方々がほんとうによく話しかけて来られるのです。

私たちと知り合いという訳ではありませんよ。

見ていただいた見知らぬ大人や子どもたちが、ほんとうにいろいろと話しかけて来られるのです。

私たちが優れた作品を創ったからそうなのだ。なんていう自信過剰なことを言いたい訳ではありません。
しかし、確かに観客の皆さんの心の深いところに届き、なにがしかの思考を生み出す力を持っているようなのです。
そう言えるのです。
これは、自信過剰とは別の次元のはなしです。

とするならば、終演後に「対話のひろば」を設定する必要があるのではないか。

そんな考えが、私たちの中に芽生えてきたのです。
だから、同じ「どんぐりと山猫というはなし」で、3回目の手打ち公演を試みてみようということになったのです。

繰り返して言いますが、これはやはり、無謀かもしれない…。
しかし、この試みはなんとしても成功させたい。

さて「対話のひろば」を成立させるために、コーディネーターとして竹島由美子さん(「野球部員演劇の舞台に立つ」著者)を迎えます。
彼女との企画コンセプト打ち合わせも終了しました。

いよいよ具体的に企画が詰まってきています。
チラシ作成にかかる段階にきました。
もうすぐ皆様にも御案内できそうです。

【釜】






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