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日々の雑感

2021.04.21 (水)

4月も下旬に入りました。劇列車は「どんぐりと山猫」稽古と製作、5月開催予定の2021年度理事会と総会準備にてんてこ舞いしています。

どんぐりと山猫製作関係では、やっと舞台装置が仕上がってきました。昨年11月に製作を開始して、コツコツと約5ヶ月。あとは、やっと微修正の段階に入りました。今からの課題は「塗り」になります。

月曜日に野外にて、ある程度舞台を組んで見ました。大きな不具合もなくホッと一安心。5ヶ月の努力の結晶なので、思わず見入ってしまいます。いい感じです。
目標は、本番での組み立て60分、バラシで50分をクリアすることです。

なんとかクリアできそうか…。

様々な工夫を仕込んだ組み込んだ舞台装置ですが、まだ改善の余地も残しています。
どう素早く組み立ててばらすかは、ヒモやボルト、収納袋の材質や数などにも留意して、その使いがってのよさを工夫することも大切になってきます。

さて、理事会総会準備では、事業報告と事業計画、決算予算が完成しました。

私たち自身の事業について、①人形劇が内包する「民衆性」から見つめ直すこと、②マーケティング(創り手と受け手の共有出来る価値の創造)から見直すこと、③普及啓発と社会包摂の違いを押さえた上で、各事業性格を見直すこと。以上の観点から執筆と議論を行いました。

また、コロナ禍の中でも可能な自主事業を立ち上げ、2020年度に累積した赤字打開の礎づくりも狙っています。

さらに第二次中期ビジョン(アマチュア性を超えたアマチュアによる公演班2チーム編成)に、重大な修正も行いました。

以上の観点から、創造と事業(運動)・組織についての今までの経験を一度オーバーホールし、新たな観点で組み直してみたのです。
そんな事業報告と事業計画になっています。

さて、いろんなことは一つひとつしか進まないのです。
一つひとつのことは、それだけ(表層)を見ていたら、いま何をしているのかわからなくなることもよくあります。

大切なことは何か。
一つひとつの些細なこと(表層)が、何の達成につながるのか、一つひとつのことが何を産み出すのか、未来から今を見る「複眼の眼差し」をもつことではないでしょうか。

その「複眼の眼差し」は、表層に惑わされずに、表層に隠されている本質を見抜く「透視する眼差し」でもあるはずです。

そのような「複眼の眼差し」と「透視する眼差し」こそ、事業(運動)を成していくために、必要な眼差しなのだと思うのです。
それが、事業(運動)を支える実務の眼差しなのだと思えてなりません。

創造と事業(運動)は、いつも弁証法的に発展していきます。
あること(テーゼ)は、次に反なるもの(アンチテーゼ)へと変化し、高次の合なるもの(ジンテーゼ)へと変化していくのです。
その変化の原動力は、「矛盾と対立」そのものにあります。

ですから、表層に囚われてしまうとめげることもあるでしょう。
しかし未来から現状をとらえる「複眼の眼差し」と、表層の奥にある本質を見抜く「透視する眼差し」をもつと、めげずにすむのです。
そのことを「楽天性」と呼ぶのです。

それは、事業(運動)を担う人間が、ぜひとも身につけておきたい力なのだと思うのです。

【釜】






新作「どんぐりと山猫」、人形たちが動き出すおもしろさ

2021.04.12 (月)

3月末に集中した公演がひと段落し、年度末と新年度の事務作業に追われる日々です。
そんな中でも、新作「どんぐりと山猫」の稽古は進んでいます。

人形という“モノ”は本当に不思議です。遣い手が操って初めて動くのです。
…当たり前のことですね(^^)でもこの当たり前のことに、稽古の中で幾度となく気づかされるのです。

どういうことかと言いますと、どんぐり同士のケンカの場面を例にお話します。
“どんぐり”は15㎝程度の小さな人形です。そのどんぐり2体が、大きなどんぐりに向かって体当たりをする場面があります。
どんぐり2体は、一人の遣い手が片手ずつに持ち、操っています。右手のどんぐりと左手のどんぐりは、全く異なる性格です。

この2体のどんぐりがそれぞれ不規則なテンポで体当たりをすると、“右手のどんぐりと左手のどんぐりが体当たりをしている”ように見えます。
ところが、一定のリズムで交互に体当たりすると、“遣い手がどんぐりという道具を使って張り手をしている”ように見えるのです。

どちらも“体当たりをする”という表現を目指して行われた行為ですが、見え方が全く違うのです。
遣い手が動かして初めて動く“モノ”たち。ささやかな動かし方の違いが、見え方に大きな違いを生んでいます。

このような発見の積み重ねで、新作「どんぐりと山猫」の稽古が進んでいます。
毎回の稽古が、毎回の発見が、おもしろい。みなさんにお届けする時点でどのように仕上がっているのか、楽しみです。

【尚】






ふくおか人形劇・交流と研究の会発足

2021.04.07 (水)

バラの花も満開に近くなりました。毎日朝のウォーキングとジョギングも、楽しみが増しました。日々、野の花の開花が見られるのですから。
誰にも見られなくても、可憐に懍と咲く野の花を、私は大好きです。
品種改良された花のスマートさはないけれど、素朴な可憐さに溢れています。

さて、劇列車は助成企画報告書類作成や理事会総会準備、そして3月下旬の連続企画を終えて再開された「どんぐりと山猫」稽古におお忙しです。

劇列車の全事業を統括する事務局会議は、助成申請時期の秋と、理事会総会準備の春が多忙を極めます。

一方、「どんぐりと山猫」稽古は、どんぐり人形をどう動かすか、試行錯誤の日々です。単純なフォルムと単純な動きしか出来ないどんぐりクンたち。その生き生きとした動きを発見しながら、劇中のプロット(登場人物たちの関係を明らかにして、その関係の変化を描く小さな塊のこと)を成立させていくのは、なかなかに難しいのです。
難しいけれども、それがおもしろいのです。

さて前置きが長くなりましたが、4月18日日曜日に「ふくおか人形劇・交流と研究の会」が発足することをお知らせします。

昨年12月の「大人のための人形劇学校」にて、発足を呼びかけていたものですが、いよいよ発足です。

これは、人形劇表現に取り組む人々の交流と人形劇研究の場です。
交流と研究は、創造実践を刺激し、創意あふれる創造の母です。
活動交流と、それぞれが抱える人形劇表現の壁を報告しあいながら、技術の共有が出来ればいいなぁ、と思っています。

人形劇では、どうしても解決が出来なかった難題が、他の団体で蓄積された技術を見て「なぁんだ、そういうことか」と解ることがたいへん多いのです。目から鱗が落ちるといいますか。そんな経験をすることがよくあります。

そう考えると、人形劇は過去に蓄積された技術から学ぶことも多いし、他の団体から学ぶことも多いのです。
学びあいから、福岡の人形劇がゆたかに発展するきっかけが出来ていけば、と思っています。

「ふくおか人形劇・交流と研究の会」には、北九州市や篠栗町からも参加される方々がいます。お逢いできることを、たいへん楽しみにしています。

この会がどこまで継続できるか未知数ですが、先ずは発足させなければ、と思うのです。

4月18日の場所は、朝倉市秋月の劇列車稽古場「アトリエ山猫舎」。時間は13時から14時半まで。参加費300円です。

人形劇をやっていなくても、関心のある方ならば誰でも参加できます。
劇列車コアサポーター会員の皆様、またブログをお読みの皆様、「ふくおか人形劇・交流と研究の会」に参加して、学びあってみませんか?

【釜】






6企画に助成決まる

2021.04.02 (金)

4月になりました。今日はバラが開花していることを発見。開花が1ヶ月早いような気がします。

さて、昨年度に助成申請をしておいた今年度の6企画全てが助成採択されました。
芸術文化振興基金、子どもゆめ基金、福岡県教育文化奨学財団からの助成を受けることになります。
とくに芸術文化振興基金は、初めての申請でしたが無事採択されました。


市民人形劇学校~実技編、市民人形劇学校~研究・実践交流編、親子であそぶ人形劇がっこうinくるめ、親子であそぶ人形劇がっこうinちくしの、第22回定期公演、冬のおやこ人形劇場に助成をいただけることになり、ホッと一安心。

6月には朝倉エリアなどで開催したい人形劇であそぼ!企画に助成申請をする予定です。

もちろん報告書類作成も大変になってきますが、事務局力量の強化で乗り切っていくつもりです。

ひとつ一つ力をつけていることを実感する毎日です。助成を得る力もついて来ているのでしょうね。といっても、頭を悩ませ、ウンウンうなっている毎日に変わりはないのですが…。

コロナ禍第4波が懸念されるなか、年度初めの4月1日に、幸先のよい出だしとなりました。

【釜】






パペットシアター、学童保育所公演終わる

2021.03.30 (火)

28日パペットシアターPROJECT公演と、29日久留米市内学童保育所公演(いずれも演目は「ちょうふく山のやまんば」)を、無事に終えました。

パペットシアターでは、ワールド学級の子どもたちと保護者の方々が、にぎやかに観てくれました。活発に出てくる反応に私たちも楽しくなりました。
終演後、カタコトの日本語で「こんなの見たのはじめて」と話しかけてくれたお母さんの感想に、パペットシアターPROJECTの実施意義が集約されて表現されていたといって過言ではありません。
この一言は、ほんとうに嬉しいものでした。

また筑後川コミュニティ財団の視察、ありがとうございました。わずか30分足らずのヒアリング時間で失礼しました。いろんなお話しをもっとお聞かせいただきたいところ、短い時間でとても残念でした。

そしてワールド学級の担任の先生、日曜日に関わらず子どもたち受付に出てくださり、ありがとうございました。
先生が子どもに声をかけている口調や仕草から、先生と子どもたちとの間に、日頃の温かい人間的な関係が作られていることが透けてみえておりました。

教育の場にほんとうに必要なもの、今の学校ではどんどん薄れていっているものを目の当たりにみて、私も教師のはしくれを長年してきた身ですから、たいへん貴いものを見せてもらったと思っています。いろんなお世話を、ありがとうございました。

学童保育所公演は、ほんとうに久しぶりの巡回公演でした。
まだ治まらないコロナ禍の中、今年いっぱい巡回機会も少ないと思われます。
そんな中、子どもたちの集団の前で演じる機会は、心浮き立つものがありました。
終演後の感想発表で、自発的にたくさんの子どもたちが手をあげて、人形劇の感想を聞かせてくれました。とても楽しい時間でした。
「あいかわらずの素敵な作品ですね」とは、指導員の先生の感想。
これも嬉しい一言でした。

さて、「ちょうふく山のやまんば」は手打ち公演以外では、初御披露目でした。とくに新バージョンは勿論初御披露目。
あらためてお客様の前で演じる機会をいただいた時、この作品が生き生きとお客様の心に届いていっていることがわかりました。

作っている時には、それなりの確信をもって作っているのですが、作品が観ている方々にどう受け止められるかは、やはり実際上演してみないとわからないのです。

「ちょうふく山のやまんば」新バージョンが、子どもたちや大人たちを引き込んでいることを実感したことは、やはり新鮮な嬉しい驚きでした。

それは、きっと民話のもつ力と人形劇のもつ力が合わさったからでありましょう。

民話とは、民衆が産み出した口承文芸、人形劇は、様々な演劇形態の中でもっとも民衆的な演劇形態です。

民衆の物語がもっとも民衆的な表現形態で表現される時、人形遣いと観ている観客(民衆)の中に、何かが通いだし、お互いの間に力を産み出すのでしょうね。

今回の「ちょうふく山のやまんば」上演で、感覚としてそれを実感しました。
その感覚を踏まえて言うのですが、私たちに出来ることは、次のことくらいでしょうか。

民話の中に潜む「民衆の健全な物語」としての本質を取りだし、現代との接点を探りだしていく綿密な作業をすること。

(何が「健全」なのでしょうか。何をもって「健全」というのでしょう。
それは「民主主義の精神」からみて「健全」ということです。
民話には権威主義的な社会秩序と男尊女卑社会に染まって歪んでしまったものもあります。民衆の精神が歪めば、当然民話も歪みます。
例えば、差別を肯定する民話には、差別を肯定する民衆の精神が土台となっています。
それを民話だからという理由で無批判に肯定してはならないのです。

そんな民主主義の精神は、どんなに古くさいと言われようと固いと言われようと、決して手放してはならないものだと思います。
そのような価値観(哲学)なき表現は、フワフワして地に足がついていないと私には見えています。

現代日本社会は「決して手放してはならない宝石を、ゴミとしてポイ捨てしてきた社会」なのではないでしょうか?

私は、ポイ捨てされてきた価値観を大切にしてきましたし、ポイ捨てされた価値観に美意識を感じてきました。
分かりやすく言うならば、私は店で売られるチューリップよりも、工場の片隅に人知れず咲くタンポポを美しいと感じてきたのです。
それはかつて、誰もがもっていた美意識だったと思います。
それがだんだんと人に話すことが難しくなってきたものです。
そんなことを話すと「あの人変わっている」などと、後から周囲で囁かれたりするようになってきました。
ですから、私はずいぶんと今の日本社会に違和感と疎外感をもって生きてきたのでした。

それなのに、私の哲学と美意識からスタートして、上演チームの力でひとつの作品に結実された人形劇が人に受け入れられる、人が喜んでくれるのは、私自身にとっては、深いところで自己を肯定できる喜びでもあるのです。)

話しがずれました。
次に、私たちに出来ることは、人形劇表現に潜む民衆性に自覚的に気付き続けること。
私たちには、それくらいのことしか出来ないのでは、と思います。

しかし、「それくらいのこと」に一生を賭けるくらいの値打ちがあると思うのです。

なぜそれほどの値打ちがあるのでしょう?
物語の素材を前にして考える0スタート地点、なにもないところから始まり、観客の皆さんとの人形劇を通じて心のふれ合いを産み出すに至る長い道程。

それは、私たちの心に深い充実感をもたらしてくれる道であるからです。
モノを買う消費行為からは、決して見えてこなかった風景さえ見えてくるのです。

月並みな表現で恐縮ですが、幸福はお金では買えないのですね。人間自身が造り出すものです。
私たちにとって人形劇とは、幸福に至る道なのかもしれません。
人と喜びを分かちあいながら歩む幸福への道…。

さて様々な皆さんと出合い、表現で人とつながる。それが少しは出来たかなぁ、と実感したパペットシアターと学童保育所公演です。

また21日の「人形劇であそぼ!」以来、8日間で4つの企画を駆け抜けてきました。
そこで出合った皆様と、お手伝いいただいた皆様に、あらためて厚くお礼申し上げます。

【釜】






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